松井館長の閑話休題

 1964年に大山倍達総裁が極真会館を創設し、その後世界的な武道団体として急速に発展していったわけですが、それまで大山道場の頃の総裁は「100人の弟子よりも1人の強い弟子がいればいい」という考え方だったと言います。とはいえ大山道場は日本全国はもとより、世界中から評判を聞いた多くの若者が来日して稽古に来るなど、門戸の開かれた猛者の集まる道場でした。その中で大山総裁は「100人の弟子よりも1人の強い弟子がいればいい」という考え方をしていたのだと思いますが、これも総裁の言葉を借りて言えば、「私はそう思っていたけれども、図らずも団体の長になってしまった。長になったからには他の団体に負けるわけにはいかない」ということで、ここから明確に組織活動、団体活動が行われるようになっていくわけです。

  そして定期的に大会を開催したり、各地に指導員を派遣したり、支部を開設して普及活動を行っていき、結果的に大山総裁が「国際空手道連盟 総裁」「極真会館 館長」という役職を務めた30年間で急速に組織が広がり、公認・未公認を含めて120カ国以上に支部道場ができて、累計会員が1200万人を越えるくらいまで成長しました。これは世界に与える影響を考えた場合、大変な偉業だと思いますし、大山総裁はこのことを一代で成し遂げたのです。

  母体となる全日本空手道連盟(全空連)から飛び出すような形で、まさに「実践なくんば証明されず、証明なくんば信用されず、信用なくんば尊敬されない」という理念のもとで、何事も実際にやって証明していかなければいけないと実践空手を提唱して活動を始めたのです。極真空手は実践空手であり、喧嘩空手だから、強さはもちろんなくてはいけない。「力無き正義は無能である」と言うのだから、力を持たなければいけない。実力がなければいけないけれども、同時に「正義なき力は暴力である」と言うのだから、そういう思想も含めて極真空手は理念のある空手でなければいけないと総裁は言われていました。

  空手の理想とはまさに「地に沿った基本、理に適った型、華麗なる組手」であるのだから、それを実践しなければいけない。極真空手は、理念のある空手、格調高い空手、品格のある空手でなければならないと事あるごとに言われていたのです。我々は稽古の度に、また日常のあらゆる場面で総裁からそういった話を聞いていました。そして、そういった物事は「門前の小僧習わぬ経を読む」ではないですが、何度も繰り返し聞いているうちに潜在意識の中にすりこまれていくんですね。

  時代は、1970年代にブルース・リーの世界的なブームがあり、国内では劇画『空手バカ一代』の影響で空前の空手ブームを迎えました。私が第4回世界大会で優勝した80年代の後半までその空手ブームが影響していたのですが、ブームというものはやがて終焉を迎えるのが世の常で、次に90年代に入ってK-1やPRIDEなどの、いわゆる格闘技イベントのブームを迎えるわけです。以前の空手ブームというのは、自分自身が空手をやって強くなろうというように、普通の中高生や大学生など若者に多大な刺激を与えて、それがブームとなって空手を習う人口が飛躍的に増加しました。

 当時は毎日何十人も入門して来るから、道着の生産が間に合わなくて初心者は道着を着られずにジャージで稽古していたり、当時の本部では道場に稽古生がいっぱいで正拳中段突きが腕を伸ばせない、蹴りの基本稽古なども足を伸ばせないからみんな膝蹴りしかできないような状況でした。2階の道場もいっぱい、1階の道場もいっぱいで、地下の更衣室もいっぱいになり、会館に人が入りきらなくて表の公園で稽古をしたという時代です。

  そのように当時は血気盛んな若者が全国から集まった時代でした。しかし、1994年に大山総裁が亡くなり、2000年代に入ってK-1やPRIDEといったイベントブームも去った今は昔と時代も変わって、今では4歳くらいの幼児から道場に通って稽古をしています。また女子や壮年も昔とは比べられないくらい増えています。そういった時代を迎えた現在、極真空手をやる意味、その意義はどこにあるのかをあらためて考えなくてはいけないと思います。もちろん空手ですから強くならなければいけない。心も技も体も強くならなければいけないけれども、それにも増して今後はより武道としての本質的な活動をしていくべきではないかと。

  社会に存在する団体というのは社会に対する有用性がなければいけません。極真の理念は「頭は低く、目は高く、口を慎んで心広く、孝を原点として他を益する」ということですから、この「他を益する」部分を明確に持たなければ、やがて淘汰されて消滅してしまいます。つまり武道としての強さを追い求めながらも、社会体育としての役割を担っていき、それぞれの年代の人たちのニーズに合った活動をしていこうということですね。特に子どもたちは次代の社会、国家、世界、地球を担うわけですから、そういった子どもたちをしっかり育成しなければいけないということで、心技体ともにバランスの取れた体育事業、徳育事業を今後の活動の一つの柱として積極的に取り組んでいきたいと思っています。

  そして、日々の稽古についてもこれまで受け継がれた伝統的な体系があるけれども、これに関してもさらにどうあるべきなのかを掘り下げていかなければいけないし、大会や競技に関しても、もっと分かりやすくしなければいけないと思っています。競技において、選手も分かりづらい、審判もの判定が統一されていない、観客が見てもどっちが勝ったか分からないというのではいけません。見慣れた人だけが分かる競技では発展していかないんですね。一般の人が見て、明らかに勝ち負けが分かる。相撲を見て勝敗の分からない人はいませんよね。土俵から出たら負け、指先でも土俵の土に触れたら負けになる。土俵際まで押していたからこの人は強いとか、それは全く関係ないところで、明確な勝ち負けのルールのもとで勝敗が決する。やはり競技としては、そういうところを目指さなければいけないと私は考えています。

  その意味で来年の世界大会は一つの区切りではありますが、そこを目指して審判はルールを厳正に判断して裁き、判定する、選手も意識を高く持って臨む、そして見ている人に分かりやすいことを念頭に置かなければいけません。それこそが、技術的、精神的、またすべてにおいて本質を目指すことにつながっていくことになるのではないかと思います。

  今年2014年は極真会館創立50周年に当たりますが、この先10年、20年、さらに50年を目指し、その時も極真会館がしっかり存在して、皆さんのような熱心な門下生が数多くいて、これまで以上に質の高い活動をしている、また競技会が盛り上がっている、強い選手がたくさんいるという団体であってほしい。そのためにも、誰かに任せるとか、強い選手一人に頼るのではなく、皆さん一人一人が極真の看板を背負っているつもりで頑張っていただきたいと思います。

国際空手道連盟 極真会館
館長 松井章圭